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大橋家村方文書展「乍恐以書付御訴詔奉申上候」
9月15日迄、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて“大橋家村方文書展”を開催しています。
終了いたしました。
資料番号92 乍恐以書付御訴詔奉申上候
この文書は、毎年旱害に悩まされた下鳥村他5ヶ村が用水確保のため、新潟村他4ヶ村に対して東山丘陵地内の城之腰谷と木落し谷に溜め池を作りたい、と申し入れたものの新潟村に受け入れられず、訴訟という手段に訴えた訴状です。
訴訟を起こした村は小浜領下鳥村・差出村・梅田村・出雲崎領下鳥新村・池之端領桜森村の5ヶ村で、訴えられた村は村松領新潟村・東新潟村・西新潟村・松之木新田の4ヶ村です。
訴状の内容は、「訴訟人らは従来から相手(新潟村他3ヶ村)村山地から流れ出る水を分水口で分けてもらい用水として耕作して来ました。外に用水を得る江筋も無く、年々旱害に悩まされて来ました。そこで相手村山地の木落し谷という所に用水溜井に適した場所がありますので、先年より数度相手方に相談しましたが賛成してもらえませんでした。そこで5ヶ村相談の上、御役所へ御頼み申し上げることにしました。
私共は前記溜井用地には代替地も立てますし、敷地代の米で滞りなく納めます。溜井普請なども私共末々迄勤めますからと御願いしてきました。
それに対して相手村方は木落し谷・城之越谷は谷合も狭く溜井としては不適当であり、私共専用の用水と御願いしてきているので賛成しかねるということでした。
只今、私共がお願いしているこの溜井が出来ますれば、相手村方、私共両方にとって安心して田畑の耕作が出きると思いますので、宜しくご配慮お願いします。」となっています。
訴状の宛先は代官所となっているので、幕府の出雲崎代官所に宛てたものです。ところがこの問題はこの年(明和2年)に相手村方の承認を得られず、翌年の明和3年に江戸の評定所へ訴え出ることになります。