カテゴリー:民俗文化資料館

見附市内で宝物が発見

 みつけ伝承館では、国内で3例目の青銅製管耳瓶を展示しています。
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 1984年、片桐町の片桐遺跡から出土した青銅製品を京都国立博物館に鑑定依頼しました。その結果、これまで国内でわずか2例しか見つかっていない青銅製の管耳瓶くだみみへいであることが確認されました。
 

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投稿者: 市教委C 日時: 08:10 |

文化財防火訓練を実施しました。

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 1月26日は文化財防火デーです。
 昭和24年の1月26日に現存する最古の木造建築物である法隆寺(奈良県)で火災が発生し、飛鳥時代から伝わる貴重な文化財である金堂の壁画が焼損してしまったことを契機として定められました。文化財を災害から守るとともに地域の文化財への関心を高めるため、毎年この日に全国各地で文化財防火運動が行われています。

 見附市では1月25日(日)に庄川町にある庄川寺で文化財防火訓練を行いました。この訓練では地域住民による本堂からの文化財の搬出、消防団と消防本部による放水訓練が行われ、その後、庄川寺住職と文化財保護審議会委員より講話をいただきました。
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地域住民の方々による搬出訓練の様子

投稿者: 市教委C 日時: 09:52 |

「昭和の写真展」開催中

「昭和の写真展」は終了いたしました。

 只今民俗文化資料館では「見附市市制施行50周年記念DVD」作成の際に多くの市民の皆様からお寄せいただいた写真の中から改めて40枚を抽出し、これを展示しています。
 昭和30~40年代頃の懐かしい写真を見ながら、昭和の時代へタイムスリップしてみませんか・・・

 市制施行50周年式典の際に配布された見附市50年のあゆみ(pdf)や当時の「まちなみ」(pdf)の様子をこのホームページからもご覧いただけます。

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投稿者: 市教委C 日時: 08:45 |

見附の遺跡展開催中!

 遺跡展は終了いたしました。
 みつけ伝承館で市内遺跡出土の考古資料を展示しています。(見附市学校町2-7-9)

 見附市内にも多くの遺跡があります。
 それらの遺跡を発掘調査して出土したものやわかったことをネーブルみつけで展示しています。

■開催日程(展示内容は変更になる場合があります)
○平成20年4月~5月 貴舟休場遺跡(指出町)・前田遺跡(指出町)
○平成20年6月~7月 天が池遺跡(下鳥町)・埋田遺跡(新潟町)
○平成20年8月~9月 八幡遺跡(新潟町)・新潟館(新潟町)

等々

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↑詳しい内容は画像をクリックしてご覧ください。


 また、資料館に今町の寺山誠太郎様より寄贈された「今町人形」が復元修理を終え戻ってきました。

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 今後は、昭和30年~40年代の懐かしい街並みの写真を展示する予定です。
 資料館にも是非お起こし下さい。

「資料館資料」ボタンを押していただくと展示資料の一部ををご覧いただけます。
写真が表示されましたら、画面の左側のネガをクリックいただくと拡大表示されます。



お問い合わせ先
〒954-0035 新潟県見附市名木野町5320番地
TEL(0258)63-5557

投稿者: 市教委C 日時: 15:15 |

現在の越後村の様子№1

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⑦越後会館(公会堂)
今でいう集会所で過去に2回ほど火災にあっていますが、その都度再建され現在も使われています。
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⑧越後神社の社叢と国道12号線
 越後神社は明治28年に建てられ、今でも毎年6月22日の移住記念日には祭りが行われています。

投稿者: 市教委C 日時: 14:00 |

現在の越後村の様子№2

 1月15日迄ネーブルみつけで、大橋家文書「北越殖民社」展を開催しています。
 多数の皆様のおいでをお待ちしています。

 大橋家文書展は終了いたしました。

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⑨石狩川堤防から見た美原大橋
石狩川と夕張川の合流点にかかる国道12号線の橋 
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⑩越後村集落の一部
現在は江別市江別太で10軒ほどの集落です

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投稿者: 市教委C 日時: 13:50 |

パンフレットができました

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 見附市民俗文化資料館のパンフレットが新しくなりました。
 資料館は、地域に住む人々が長い間営んできた仕事や暮らしの中で、生み出し積み重ねてきた知恵や工夫を数多くの市民の皆様に理解していただくことを目的に1980年(昭和55年)6月に開館しました。

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投稿者: 市教委A 日時: 08:00 |

大橋家村方文書展が開催されています

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 市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて、9月15日までの間、“大橋家村方文書展”を開催しています。
 終了いたしました。

 展示文書のひとつ、上記写真は「年貢の割付状」で、この数値を基準として庄屋・組頭・百姓代の村方3役が相談して年貢を割り当てたことがわかります。

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投稿者: 市教委A 日時: 09:39 |

見附文化財散歩は完売となりました

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 見附文化財散歩は、在庫全てが完売となりました。
 なお、ご好評につき、来年度改訂版の作成に向け、準備を進めて参ります。ご不便をおかけしますが、皆様にはご了承いただきますようお願い致します。

 「見附市史」「見附の文化財」「ふるさと見附の歴史」は、引き続きオンライン注文いただくことが可能です。是非ご利用ください。

投稿者: 市教委A 日時: 10:24 |

大橋一蔵宛書簡展へのお誘い

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 下鳥町出身で幕末維新時の在野の士、大橋一蔵に宛てた書簡をご覧いただけます。
 書簡そのものは作品ではありませんが、一蔵に宛てた差出人の素顔や当時の時代背景なども考え合わせ、人と人との交流という視点から、お楽しみいただけるのではないでしょうか。

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投稿者: 市教委A 日時: 08:00 |

文化財散歩が品切れとなりました

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 ご好評いただいております「見附市史等オンライン注文」頒布品の在庫中、「見附市文化財散歩」が品切れとなりました。
 来年度に向け、改訂版の作成を予定しておりますので新たなご注文をいただくことができません。閲覧をご希望の方は保存用として別途資料館にストックされたものがありますのでお申し出ください。
 なお、見附市史及びふるさと見附の歴史は引き続きご注文いただくことが可能です。

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オンライン注文画面へ移動します

投稿者: 市教委A 日時: 08:02 |

『新・市指定文化財』の公開

 見附市教育委員会では、平成18年5月に3点の文化財を新たに市指定文化財に指定しました。
 これらの『新・市指定文化財』をリニューアルオープンしたばかりの民俗文化資料館で9月15日まで公開しています。なお、9月19日以降はネーブル見附で引き続き展示いたします。

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投稿者: 市教委C 日時: 08:00 |

資料館ミュージアム

ugo_fuu.gif 見附市民俗文化資料館「ミニミニミュージアム」へようこそ
「ミュージアム」ボタンを押していただくと展示資料の一部ををご覧いただけます。
写真が表示されましたら、画面の左側のネガをクリックいただくと拡大表示されます。
投稿者: 市教委A 日時: 14:00 |

遊びにおいでよ

資料館は学校町2-7-9にみつけ伝承館として移転しました。

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 リニューアルした「見附市民俗資料館」が本日オープンしました。
 栃尾鉄道展示室をはじめ、機織や遺跡出土品、農具・生活用具展示室に加えて、見附市指定文化財3点を加えてのリニューアルオープンです。

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投稿者: 市教委A 日時: 16:23 |

資料館で「素敵なもの見附た!」

資料館はみつけ伝承館として移転しました。【学校町2丁目7番9号】平成22年4月20日


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 資料館の展示室移転作業が進む中で、素敵なものを見つけました。
 上北谷中学校・北谷中学校・見附中学校の一部を統合し、旧名木野小学校跡地に見附市立南中学校が開校されたのが昭和54年4月5日。閉校した北谷中学校を利用し、見附市民俗文化資料館では民具をはじめ、懐かしい様々な思い出をもご覧いただけます。

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投稿者: 市教委A 日時: 17:08 |

みつけ伝承館(民俗文化資料館)

投稿者: 市教委A 日時: 07:57 |

大橋家村方文書展「乍恐以書付御訴詔奉申上候」

9月15日迄、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて“大橋家村方文書展”を開催しています。
終了いたしました。

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投稿者: 市教委C 日時: 17:04 |

大橋家村方文書展「指上申卯ノ名寄目録 下鳥村」

9月15日迄、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて“大橋家村方文書展”を開催しています。
終了いたしました。

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投稿者: 市教委C 日時: 17:01 |

大橋家村方文書展「田畑質地證文之事」

9月15日迄、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて“大橋家村方文書展”を開催しています。
終了いたしました。

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投稿者: 市教委C 日時: 16:57 |

大橋家村方文書展「離旦證文之事」

9月15日迄、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて“大橋家村方文書展”を開催しています。
終了いたしました。

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投稿者: 市教委C 日時: 16:48 |

大橋家村方文書展「差し越し申す所請け證文之事」

9月15日迄、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて“大橋家村方文書展”を開催しています
終了いたしました。

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投稿者: 市教委C 日時: 16:39 |

大橋家村方文書展「申年免相の事」

9月15日迄、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて“大橋家村方文書展”を開催しています。
終了いたしました。

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投稿者: 市教委C 日時: 15:07 |

大橋一蔵宛書簡展

 7月2日までの間、市民交流センター「ネーブルみつけ」特設会場にて”大橋一蔵宛ての書簡展”を開催しています。
終了いたしました。

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 大橋一蔵は、代々旗本小浜氏領下鳥村で大庄屋を勤めていた大橋家の長男として、1848(嘉永元)年に生まれました。
 1873(明治6)年漢学修行のため上京し、そこで薩摩藩士らと交流、影響を受け、1876(明治9)年前原一誠らが起こした「萩の乱」に連座します。
 また、弥彦に私立「明訓学校」を創立し、初代校長となり、1885(明治18)年からは北海道開拓のため、地元下鳥村の農民と共に現在の江別市に移住し越後村を築きました。
 大橋一蔵については、「維新の散歩道」や「幕末維新史跡訪問」等、様々なサイトでも紹介されています。
 今回の展示では、大橋一蔵に送られた書簡20数点を展示しています。当時の手紙を読むことで、一蔵の人となりや人間関係、歴史的背景など新たに気付くことも多いのではないでしょうか。

 是非とも市民交流センター「ネーブルみつけ」にお誘いのうえ、本物をご覧下さい。

 今後も年間を通して大橋家に関する文書を展示する予定です。あわせて解説なども行いますので、どうぞご期待ください。

投稿者: 市教委C 日時: 17:04 |

三島億二郎から大橋一蔵宛の書簡

7月2日までネーブルみつけで大橋一蔵宛の書簡展を開催しています。
終了いたしました。

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これは、北海道から新潟経由で東京へ行っていた一蔵へ送った、三島億二郎の手紙です。一蔵は、見附―江別―東京を頻繁に行き来しながら北越殖民社の活動を行っていました。このときの上京の目的は、北越殖民社で阿波の移民を受け入れることについて打ち合わせをするためでした。文面からは、殖民活動の資金を支援者から集める苦労などが読み取れます。
 発信が明治22年1月26日で、当時東京までは5、6日を要していました。一蔵はこの手紙を読んで間もなくの2月12日、事故に遭い重傷を負って、同月22日に亡くなりました。
要約すると「阿波(徳島県)移民について彼の地(徳島)へ行くことになりそうですが、一時に百戸というのは費用もかさみ、三・四ヶ年に分けたらどうかと関矢(孫左衛門)氏が主張されており、長岡(殖民社の出資者)も同様の説も出ています。先方に交渉の節はこの辺お含み置きください。
その会合の際、先年の挫折よりいやな話も多々ありましたが、損失をおそれるあまりの意見であって、先回の二十戸は費用が少なく移住出来たこともあり、五十名の同盟者が協力するならば賛成者を五名増加させることは難しくないでしょう。
同盟者に協力してもらうには、良い結果を出し損失を少なくするしかありません。江別二十戸の成功を見て同盟者が少しはやる気を起こすでしょうが、この辺は慎重にして失敗の無いようにしたいものです。
阿波移民については会議で決まった事で今更変更も出来ないが、一言言わせて貰いました。
上京後は旧知の方と会合、新規の見聞など楽しくお過ごしのことと思います。麻布にご面会の節は宜しくお伝え下さい。」といったことが書かれています。
         
注 ※戮力=力を合わせること  ※悦服=よろこび従うこと  ※贅言=無益なことば ※麻布=松方正義のことか?当時松方正義は麻布に住んでいました

投稿者: 市教委C 日時: 16:30 |

中川清兵衛から大橋一蔵宛の書簡

7月2日までネーブルみつけで大橋一蔵宛の書簡展を開催しています。
終了いたしました。

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これは、与板出身で札幌ビールの技師長として日本で最初にビールを製造した中川清兵衛からの手紙です。江別で活動していた一蔵は、札幌でビール製造をしていた中川や札幌農学校校長だった森源蔵らとも交流がありました。
 「森(源蔵か)森本両家の結納がのびのびになっていましたが、昨日両氏と協議し、十一日と決められました。いずれ森氏からお知らせがあると思いますが、お気にかけて居られると思いご報告いたします。ところがただいま森本氏から十一日は差し支えがあり、一日日延べ願いたいと申し出があり、森氏にも問い合わせましたので、ことによると十二日になるかも知れないのでご承知おき下さい。」という内容です。
両家の婚約について中川清兵衛が一蔵に報告するということは、この婚約に一蔵が重要な役割(例えば媒酌人)を担っていたのではないかと考えられます。

投稿者: 市教委C 日時: 16:28 |

母りくから大橋一蔵宛の書簡

7月2日までネーブルみつけで大橋一蔵宛の書簡展を開催しています。
終了いたしました。

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これは一蔵の母 りく が書いた、一蔵の妻 てい が北海道で亡くなった際の手紙です。かな文字で書かれています。
「おていが、病のために養生もかなわず不幸になったこと、お前に比べればまだ良かったと思って諦め、御身大切にしてください。私は修行と思いありがたく精進いたします。昨日は初七日の法要を致しました、行蔵(一蔵の長男)おのぶ(長女)おりい(次女)は気が落ち込んでいるようだから気をつけてください」と言ったことが書かれています。
 前年に夫の彦蔵を亡くし、また嫁のていを亡くしたことを嘆きつつ、一蔵を気遣う様子が読み取れます。また文面から大橋家のあった下鳥村でも初七日の法要を行っていたことがわかります。大橋家の菩提寺は、見附市指出町の淨恩寺です。
 この後、長女の のぶ は10歳を過ぎたばかりで北海道に渡り、母の代役を務めます。
 

投稿者: 市教委C 日時: 17:14 |

松方正義から大橋一蔵宛の書簡

7月2日までネーブル見附で大橋一蔵宛の書簡展を開催しています。
終了いたしました。

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これは、後に総理大臣となった松方正義が一蔵に宛てた手紙で、明治19年ごろ書かれたものです。要約すると、「北海道長官の岩村(通俊)が今月中旬に北海道に赴任するとき(一蔵に)同行してくれるそうだから、近日中に同人宅においでくださればゆっくりお話したい、本人は家にいるからいつでもおいでくださいと言っています、という返事です。」という内容です。
当時大蔵大臣だった松方が、同じく北海道長官だった岩村通俊と一蔵の間を仲介していることがわかります。
 追伸には「(北海道への)同行メンバーはあとでこちらから案内いたします」と書かれています。

投稿者: 市教委C 日時: 17:11 |