ごあいさつ

                        互いに励まし合い自分のよさを発揮
               
                                                     見附市立新潟小学校
                                                         校長  和田 真理子


 38日間の夏休みが終了しました。今夏は、朝な夕なテレビに映し出される、オリンピックで活躍する日本選手の様子に見入った人は多かったと思います。私もその一人です。中でも、10代後半の卓球の伊藤美誠選手や体操の白井健三選手のような若い選手が、大舞台で萎縮することなく力を出しきっている姿に驚きと頼もしさを感じた2週間でした。

 さて、子どもたちが夏休みの間、学校職員は多くの研修会等に参加します。私もいくつかの研修会に出ました。その中で、岡山県在住の視覚障害者である竹内昌彦さんの講演について紹介します。

 竹内昌彦さんは2歳の時、終戦から2年後にやっと乗れた中国からの引き揚げ船内で肺炎にかかり、九死に一生を得ましたが、右目は視力を失い、左目も弱視となりました。わずかに見える左目もやがて網膜剥離となり、手術の甲斐なく、小学校2年生の2月に完全に光を失い、4月から盲学校小学校部3年生へ編入しました。盲学校では高等部専攻科まで進んでマッサージ指圧師免許や鍼灸師免許を取得しました。
 彼は失明しても、心も身体もたくましく成長していきました。そのようになれた要因の一つに家族の支えを挙げています。当時は、家族に身体の不自由な人がいると家の奥に隠してしまう傾向があったそうですが、彼の家族はいろいろなところへ彼を連れて行き、何でも怖がらずに経験しろと言ったそうです。父親は「目が見えないのだから、身体くらいは丈夫にしておかなければならない」と、よく山登りや泳ぎに連れて行きました。彼は、昭和39年の東京パラリンピックで卓球選手として出場し、金メダルをとっています。
 また、目が見えていた頃、建築設計士にあこがれていた彼にとって、マッサージや鍼灸の仕事はあまり望むものではありませんでした。しかし、肩こりで困っていた近所のおばさんに施術してあげたところ非常に喜ばれました。彼は、これで気持ちの切り替えができ、マッサージや鍼灸の指導者の道を選び、東京教育大学盲学校教員養成課程に進学しました。卒業後、岡山県の母校の盲学校に勤務し、平成17年に同校の教頭として退職されました。

 今回のオリンピックで特徴的に思えるのが、若者の活躍ということの他に、競技後の選手のコメントです。「これまで応援してくれた皆さんに感謝したいです」と周囲への感謝の言葉を口にする選手が、とても多かったと思います。竹内さんの話や選手のコメントから、人がもっている能力やよさを十分に伸ばしたり発揮したりするためには、お互いに温かい気持ちで励ましていくこと、プラスの気持ちで行動していくことが大切なのだと分かります。新小の目指す「自分も人も認める子」に向けて、今学期も職員一同がんばります。


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